将棋と散歩

圧迫感のある四人部屋に比べると、やはりT・Mの一人部屋は開放的だった。T・Mも元々は私達が使っている母屋の二階の相部屋をかつての塾生たちと共用していたと言うが、一体どういう経緯でこの一人部屋に移転することが出来たのかは分からない。年功序列の特別待遇だろうか。
「はい。また王手」
「お手上げ。詰み。降参」
私はT・Mの部屋で将棋を打っていた。私は駒の初期配置と動かし方は辛うじて覚えていたものの、戦法などはさっぱり分からなかった。
三戦全敗。
「久しぶりにしては上出来だ」
褒められはしたものの、マサの戦術や心理的な駆け引きは素人とは思えないほど卓越していた。おそらく「雪隠詰め」と呼ばれる戦法だろうか。王将を四隅に込みことごとく潰すという猪口才な戦略だったが、頭の回転が追い付かずに星を付けることができなかった。
「強いね」
「当然だ。踏んだ場数が違う」
T・Mは目を細め、わざとらしく早口で言った。私をどこか見下した表情をしている。おそらく昔から相当やり込んでいるに違いない。
「A・Iも立ち会いを重ねていくうちに強くなれる。さて、散歩でも行くか」
 初対面ではあんなにビクビクしていたくせに将棋で勝って有頂天になっているのか、T・Mはやけに饒舌だった。
「一人部屋は快適?」
 緋色の夕間暮れの中、二人で近所を歩きながら樹は尋ねた。
「快適」とマサはオウム返し。
「寂しくならないか?」
「ならない。もうすっかり慣れた」
「部屋ではずっとマンガ読んでるの?」
「たまにだが、音楽を聴いている」
「なんの音楽?」
「アニメソング」
「アニメソングか。私も九十年代のはよく聴いてたよ。懐かしいな」
「ああ、九十年代のは完成度が高くて良い。昔に戻れる」
 何とか会話は成立しているが相変わらずマサの方から質問を投げ掛けてくる気配は一向になかった。
手汗